FC2ブログ

豚部051

豚部051
陶製、体長約4.5cm。出自不明。ごめんなさい。
引き続き眠り豚。


豚部051前a_convert_20121228212204

籠から出ると、今な感じ。

豚部051前b_convert_20121228212225

後ろ姿は今ひとつ。

豚部051後_convert_20121228212136



スポンサーサイト



端島(軍艦島)

いわゆる軍艦島の正式名称は端島である。
少し長崎寄りの高島では、グラバーにより炭坑が開発されており、
(すぐ三菱:岩崎が引き継いでいるが)
端島も江戸時代には石炭が見つかっていたらしい。
明治になってから本格的に採鉱され、ボタなどで周囲を埋め立て、
少しずつ大きくなっていったとのことである。

1974年に閉山、その後無人島となった。
最初の鉄筋集合住宅が建てられた島として有名で、
今は廃墟の島として知られている。

現在は軍艦島に上陸するツアーが5社から提供されている。
その中で、特に理由はなかったのだが、「軍艦ジマコンシェルジュ」に申し込んでみた。
結果、他のところでは行っていないから比較はできないのだけれど、
よかったのだろうと思っている。
ガイドさんが端島ではないけれど炭坑の島に10年住んだ方だったので、
興味深い話もたくさん聞け、船長さんの腕も確かで、
(接岸がかなり難しい様子)
よかったのだろうと思う。

船は長崎港の常磐桟橋から出港。
伊王島、高島を過ぎると、いよいよ軍艦島が見えてくる。
若干波が高いが、そこは船長の腕、無事に端島に上陸した。


軍艦島1_convert_20121227224542

軍艦島2_convert_20121227224615

軍艦島3_convert_20121227224640

更に波が高くなってきたとのことで、早めに船へ。
桟橋では船が派手に上下運動。船長の腕のおかげで無事に船に乗り込んだ。
このあと、島の周囲を回って帰路につく。


軍艦島4_convert_20121227224702

軍艦島5_convert_20121227224724

こちら側が採鉱ゾーン。

軍艦島6_convert_20121227224757

戦艦土佐に似ている?





煙突

北九州・長崎の旅 石炭編
田川市の石炭歴史博物館に行ってみた。

筑豊炭田は江戸時代から開発が始まり、
昭和30年代までは、日本一の産出量を誇った炭田である。
田川伊田駅近くの石炭歴史博物館、石炭公園には、当時の遺構や資料が収められている。
その中でも巨大な2本の煙突が象徴的である。
♪月が出た出た~に出てくるあんまり高い煙突のモデルといわれている。
れんが造りの高さ45mの煙突が2本突っ立つ姿は圧巻だった。
信介しゃんが育ったヤマにこの煙突があったかどうかは、さすがに覚えていない。


石炭公園煙突_convert_20121226211233

この煙突、炭坑の竪坑巻き上げ機の動力である、ボイラの排気煙突だったとのこと。
何を巻き上げるのかというと、鉱夫さんたちや石炭などだそうである。
その巻き上げ機の櫓がこれ。りっぱな鉄である


竪坑櫓_convert_20121226211500

博物館を見ていくと、当時の採掘や町の生活の様子がよくわかる。

石炭歴史博物館_convert_20121226204504

特に明治のころの炭坑はかなり厳しい環境だったようで、
ヤマで働く意味というものもちらと考えさせられる。


筑豊の山といえば香春岳。

煙突と香春岳_convert_20121226204545

石炭公園の小高い丘からは、煙突と田川の町と香春岳がよく見える。

石炭公園1_convert_20121226204347


クリスマス

クリスマスである。
3週間程前には、8つの教会を訪れたりしたが(あと2つほど、外から見た)、
信仰しているわけではないので、
クリスマスといっても、特にすることはないんである。

世はライトアップばやり。


恵比寿夜1_convert_20121225214729

この道の先には、バカラのシャンデリアがある。
毎年お馴染みのクリスマス。


恵比寿夜2_convert_20121225214846


豚部050

豚部050
体長約2.2cm、陶製。出自不明。ごめんなさい。
眠り豚。寝ているのはやはり猫の方が似合う?


豚部50前_convert_20121219231152

豚部050後_convert_20121219231123


今日の目黒川

九州シリーズは、昨日で教会編は終わったものの、まだまだ続く。
とはいうものの、毎日九州も何なので、今日は目黒川。


目黒川1218_convert_20121218234359

カモのような鳥がたくさん来ていた。
ちょっと下流の方はライトアップ。
何だか食傷気味。


目黒川1218夜_convert_20121218234434

長崎などの教会

五島から長崎へ出る日、海が時化て高速船が欠航となり、
軍艦島に行けなくなった。
それで、出島を見た後、長崎電気軌道を全路線乗ってみたのだが、
途中で夜の浦上天主堂と大浦天主堂に寄ってみた。


浦上天主堂_convert_20121217221700
浦上天主堂

大浦天主堂夜_convert_20121217221916
大浦天主堂

泊まったホテルが大浦天主堂の近くだったので、翌朝も行ってみた。

大浦1_convert_20121217221747

大浦2_convert_20121217221813

大きな教会で、著名な観光地でもあるためか、五島よりも緊張感は感じない。
その後、軍艦島上陸ツアーに参加し、戻ってから佐世保に向かった。
佐世保着は20時過ぎ、駅前にはライトアップされた三浦町教会が輝いていた。


佐世保三浦町教会_convert_20121217221942





上五島の教会その2

バスで有川から奈良尾に向かった。
運転士は新人さんらしく、最前席にはベテランの方が座り、指導しながらの運行となった。
そのせいか、バスは徐々に遅れ出す。
高井旅というところでバスを乗り継ごうと思ったが、接続時間は確か2、3分だった。
そのベテランの方に確認していたのだが、バスの遅れは10分を超えた。
接続の停留所の手前で「待ってませんよねえ」と聞いてみたら、
「待ってますよ」
本当に待ってた。
さすがに、待ってた運転士さんは「何かあったの?」と聞いてきたが、
運転士さんが新人さんだったと言うと、納得顔だった。

ということで、福見教会に着いたのだが、帰りのバスまであまり時間がない。
福見教会もなかなか味のあるれんが造りの教会で、このあたりはほとんどが信者とのこと。


福見教会2_convert_20121216182234

福見教会3_convert_20121216182301

福見教会1_convert_20121216182036

歩いて高井旅まで戻った。
一山越えると赤い屋根が見えてくる。高井旅教会である。


高井旅教会_convert_20121216182335

高井旅には美しい浜があるのだけれど、教会といっしょには撮れなかった

高井旅教会2_convert_20121216182449

中に入ると、子供たちの描いた教会を紹介するポスターが貼ってあった。
信仰というものが、すっかり日常なんだろうな。


高井旅教会1_convert_20121216182405

高井旅からはバスで奈良尾に出た。
この週、上五島では夜の教会でコンサートが行われる。


教会コンサート_convert_20121216184833

この日は、桐教会で行われるので、行ってみた。
コンサートに合わせてスケジュールを組んだわけではないのだが、
滞在中にあるならば、行かねばなるまい(笑)。
コンサートのため宿の夕食が食べられないので、教会の近くで食事ができるところがあるか聞いてみた。
すると、何もないからこっちで食べていけとのこと。
近くの食堂で五島うどんをすすっていると、空が青くなってきた。
午後から小雨がぱらぱら降っていたのだが、回復してきたのだろうか。
コンサートは19時からだが、陽が落ちる前に行ってみようとタクシーに乗った。
タクシーで10分かからないくらいのだが、途中に人里はなく、
ということは街灯などあるはずもなく、夜は真っ暗。
タクシーの運転士さんに聞いてみると、暗すぎて歩くのは無理とのこと。イノシシも出るし。
タクシーは午前2時までスタンバイしているということだけど、1台だけだという。
ちょっと不安がよぎった。


桐教会2_convert_20121216184904

夕方の桐教会。

桐教会3_convert_20121216184929

海はとても美しい。海とは思えぬ程である。
天気のよい昼間にも来てみたいところだった。

暗くなると、ライトアップが始まった。


桐教会4_convert_20121216185010

時間が経つにつれ、雲行きは怪しくなってきた。

桐教会1_convert_20121216182516

会場にやってくる方々のコートがだんだん濡れだした。
コンサートが始まる頃には、風の音がうなりを上げ、稲光と雷鳴が轟き始めた。
これはちょっとまずいんではないのと思う中、コンサートはバッハでスタートした。
帰れなくなるのでは、などという不安が現実味を帯びるような気がして
なかなか楽しめなかったのが残念。

この日のコンサートにはおよそ120名が集まったとのこと。
主催者の、上五島以外から来た人はとの問いに手を上げたのは、私だけだった。
演奏者の中には地元の出身の方もいて、この日もフルートの方は、
おじいちゃんの家がこちらで、教会は中ノ浦だったと言われていた。
出身校のように教会の名前が出てくるというのが、根付いた信仰というものなのだろう。

結局、最後のMCのときに中座して、タクシー会社に電話した。
電話がつながると、帰れるという安堵感があふれ、最後の2曲は心地よく楽しめた。
予想より早くタクシーが来てしまったので、アンコールが聴けなかったのだが、
来てよかったと思える時間だった。













上五島の教会その1

野崎島から小値賀島に町営船で戻り、中通島へ向かった。
九州商船の船は18時だが、五島産業汽船の船が1時間程前にある。
要予約とあったので、博多で電話しておいた。
ところが、小値賀港ターミナルには、五島産業汽船の窓口がなかった。
おぢかアイランドツーリズムの方に聞いてみると、
直接船で乗船券を買うんだという。
予約の意味あるのか? などとも思ったが、船を見てまあ納得した。


有川へ_convert_20121215190008

小っさ。ひょっとして町営船より小さいのでは。
私は船に強気ないのでいきなり不安度倍増だったが、ベタ凪だった。
中通島の有川に到着し、港から徒歩5分の宿に泊まった。
翌日は、教会を3つほど回ってみた。
1つめが頭ヶ島教会。
バスで教会の前まで行く。すぐ目に入るのは石造りの教会である。
これも鉄川与助の作で、国の重要文化財に指定されている。世界遺産の暫定リストにも加えられている。


頭島教会1_convert_20121215184038

中に入ると、緊張感が走る。信者でない者が生の教会で感じるものなのだろう。
五島とキリスト教の関係も重いものがある。
当時とは状況がまるで違うので、信者の方の感じ方も違うのだろうが、
侵してはいけないものも感じないではない。


頭島教会2_convert_20121215184105

上五島の教会はだいたいが海に面しているという。
ということで、極力海をいれた写真も撮ることにした。
この日の海はなかなかに波が高い。移動が今日でなくてよかった。


頭島キリシタン墓地_convert_20121215183924

頭ヶ島天主堂に来るバスは1日3往復しかないので、タクシーを呼んで有川に戻った。
有川では早めの昼食。うどんの里で地獄炊きをいただいた。
手早くいえば讃岐うどんでいうところの釜揚げ。
それをあごの出汁の効いた熱いつけ汁で食べる。ネギと生姜を添えて。
これが美味い。昨晩の宿の夕食にはふつうの五島うどんが出たが、どちらも美味い。
麺は細めで、つるつるとした舌触りが心地よい。
卵と鰹節、ネギと醤油のつけ汁も一緒に出てきたが、やはりあご出汁がよかった。
腹を満たして、青砂ヶ浦天主堂に向かった。


青砂ヶ浦教会1_convert_20121215184552

青砂ヶ浦天主堂も鉄川与助の作で、こちらも国の重要文化財であり、世界遺産暫定リストを構成する教会。
こちらはレンガ造りで、100年以上の歴史を持つ教会である。


青砂ヶ浦教会2_convert_20121215184332

青砂ヶ浦教会3_convert_20121215184622

この後、バスで青方に出た。
ここから徒歩で30分、大曽教会に向かった。


大曽教会_convert_20121215184656

やはり、作は鉄川与助。県の重要文化財である。

大曽3_convert_20121215185018

大曽_convert_20121215185115

さすがに少々疲れたのでバスで青方に戻り、バスを乗り換えて有川に帰った。
この日の教会は上五島の中では特に有名な3つで、教会巡りでは定番中の定番。
しかし12月初旬となると観光客は他におらず、
1人で感じることができたのは貴重な経験だったのかもしれない。寒かったけど。














旧野首教会

旧野首教会は、野崎島にある教会である。
野崎島は比較的大きな島ではあるが、ほぼ無人島なので、
教会も信者の方々が頻繁に訪れることはないと思われるものの、
きれいに整備されていた。

朝8時ごろ、小値賀の町営船で野崎島に着くと、すぐ教会に向かった。
小山を越えると早速教会が見えてくる。


野首5_convert_20121214220356

近づくと、陽を浴びたれんが造りの天主堂は、まさに神々しかった。

野首4_convert_20121214215437

おぢかアイランドツーリズムの方に、教会の見学をお願いしていたので、中に入った。
この日島に渡った観光客は私1人。だから教会も1人での訪問である。
雨戸が閉まっていたので、閂をはずし、すべて解放した。
ステンドグラスの彩りが床に映る。
この後、上五島でもいくつか教会を見学させてもらったが、
1か所を除き、すべて1人だった。
その1つも、イベントがあったからと思われるので、ほとんどの教会をゆっくり味わうことができた。
申し訳ないことに全く信心はないのだが、さすがに1人でいるといろいろ考えてしまうものである。
例えばこの碑。「大東亜戦争記念」。どういう意趣で教会の前に建てられたのだろう。
裏には昭和16年12月8日 野首部落会とある。


野首6_convert_20121214222504

この野首教会は、世界遺産暫定リストに登録されている。
長崎の教会建築家、鉄川与助の手による最初のれんが造りの教会である。


野首2_convert_20121214215331

しばし静寂だが、無人島のせいなのかあまり緊張感のない空気(その後の教会とは違う空気だった)
の中に身を置き、再び雨戸を閉め、閂を差し通して教会を後にした。


野首3_convert_20121214215405

野首1_convert_20121214215304







長崎電気軌道

長崎電気軌道を全線乗ってきた。
平たくいうと、ふつうの電車が鉄道、路面電車が軌道ということのようである。
鉄道事業法と軌道法という別の法律に根拠がある。
といいつつ、見た目の境界はあいまいである。
筑豊電鉄は鉄道、京阪京津線は軌道だったりする。

さて、長崎電気軌道。
当初は積極的なミッションではなかった。
ところが、中通島から長崎に向かうジェットフォイルが時化で欠航になり、予定が変わってしまった。
島原鉄道に乗ってこようと思っていたのだが、第2のテーマの「石炭」を優先すると、
行けなくなってしまったんである。
というわけで、かわりに長崎電気軌道に全部乗ってきた次第である。

一気に全部乗るつもりだったので、1日乗車券を購入。


長崎電気軌道きっぷ_convert_20121213221140

500円だった。
安いんでは? と思ったのだが、長崎電気軌道、大人の運賃は120円である。
ということは、5回乗らないと元は取れない。
しかし、路線は4系統。最低3回乗れば全路線をカバーできるんである。
今回は寄り道もしたので、5回は乗ったけど。

どこの路面電車もそうなのだが、車両は実にバラエティに富んでいる。
他の会社から譲られてきたものや、最新の超低床車など様々で、長崎もそうだった。


長崎電気軌道2_convert_20121213220830

長崎電気軌道1_convert_20121213220758

長崎駅前の路面はレンガ。いい感じである。

長崎電気軌道3_convert_20121213220913

長崎電気軌道4_convert_20121213220943

長崎電気軌道6_convert_20121213221106




平成筑豊鉄道

国鉄時代の筑豊といえば、路線が網目のように張り巡らされた、魅惑の地域であった。

小中学生のころ、テツの道を邁進していた私は、
今でいう乗り鉄、あるいは時刻表鉄であった。
しかし、小中学生の身分では、遠出などまず望めないので、
時刻表を眺めて、あれこれ夢想していたのである。
そんな私にとって、北九州の筑豊はいつか行ってみたいあこがれの地であった。
どうやってこの路線を乗り潰してやろうかとよく時刻表をめくり、
仮想旅を続けたものである。
その後、体育会系に転じたため、筑豊に足を踏み入れることなく長い時間が流れたが、
今回ようやく訪問することとなった。
もっとも、全路線に乗ってやろうなどという野望はとうに失せ、
今となっては、平成筑豊鉄道くらいは乗ってくるか、という程度である。
まあ、これでも十分鉄分過剰といえるのかもしれないが。

平成筑豊鉄道は、旧国鉄伊田線、糸田線、田川線を引き継いだ路線と
門司港レトロ観光線も保有している第3セクターの鉄道会社である。
運転形態としては、直方ー行橋(伊田線、田川線)と
金田ー田川後藤寺(糸田線:直方まで直通が多い)の2系統である。

筑豊直方駅を出て、5分程歩いて昭和の香り漂う須崎町商店街のアーケードに入り、
さらに5分程歩くと直方駅の駅前通りに出る。
ここから平成筑豊鉄道に乗車。
車内で1日乗車券を購入、終点の行橋まで1時間20分程のディーゼルカーの旅である。


平成筑豊きっぷ_convert_20121212213135

平成筑豊鉄道直方_convert_20121212213320

途中、国鉄時代からの駅と、第3セクター化された後の駅が入り混じる。
国鉄時代からの駅は、長大なホームが残っていることもあり、当時の隆盛をしのばせる。
こんな背丈の信号もあったけど。これ、使っていたんだろうか。


平成筑豊信号_convert_20121212213208

運転席の目線よりも下にありそうである。

行橋ではそのまま折り返し、田川伊田で下車。
ここも石炭時代の華やかさを想像させられる駅舎だった。


田川伊田駅_convert_20121212213244

ここでは、石炭公園と田川市石炭・歴史博物館に行ってきた。
テーマの一つの「石炭」絡みである。これはまた後日。
田川伊田からはJRで1駅、田川後藤寺に出て、再び平成筑豊鉄道に。
直通の直方行きに乗車。糸田線は金田で伊田線に接続する。
金田は「かなだ」で、大昔の「鉄道ものしり百科」というような本には、
日本なのにカナダってどこ? といったクイズが定番だったなあ。

直方で通称「福北ゆたか線」に乗り換えなのだが、その間に東筑軒。
ここはかしわ飯でなくかしわうどんをいただく。
どうも店で食べ物の写真を撮るのに少々抵抗があるので、ここも写真なし。
かしわうどんは、鶏肉のそぼろのようなものがのったうどん。
ちょっとかしわの量が寂しいのだけれど、出汁がよろしい。
あごも使ってるのだろうか。この出汁、好きだなあ。

ここから通称「福北ゆたか線」で博多に向かった。

筑豊電鉄

会社のリフレッシュ休暇を利用して、福岡、長崎の未踏県に行ってきた。
今回の旅には2つほどテーマを作ってみた。
1つは教会。信者ではないが建築物としての教会には多少興味があるもので。
五島にも行くので、それなら教会かと。
もう1つは石炭。北九州と長崎なら炭坑かと。
という感じで、当初は軽い感じで決めたのだけれど、それなりに考えさせられるテーマではあった。
緑と青鉄道としては、鉄道関係のミッションも設けないといけないだろうということで、
・門司港駅
・筑豊電鉄
・平成筑豊鉄道
・島原鉄道
・長崎電気軌道
の5つを設定した。ただし、行ければ行くという感じの軽いっミッションではあったが。

まずは鉄道関係のミッションから。

北九州空港に降り立ち、すぐ小倉行きのバスに乗ろうと思っていたのだが、
トイレの前で急に催し、バスに乗り遅れてしまった。
福岡県初上陸で最初にしたのが用便とは。
門司港に行く意欲も流し切り、初っ端からミッション1をパス、筑豊電鉄に向かうことにした。
小倉までバスに乗り、そこから鹿児島本線。
九州の列車はなかなかに個性的で、おもしろい。
本当は折尾駅にも行ってみたかったのだが、一つ手前の黒崎で下車。
ここから2つめのターゲットである筑豊電鉄に乗り換えた。

筑豊電鉄は、現在は黒崎駅前ー筑豊直方間16kmの鉄道である。
黒崎駅前駅は黒崎駅の前というか、下にある。
鉄道なのだが、かつて軌道(いわゆる路面電車)と直通運転をしていたためか、
車両は全て路面電車タイプ。


筑豊電鉄黒崎_convert_20121211234156
黒崎駅前駅

道路に敷かれた線路はなく、高架もあり、トンネルもある。
約30分で高架上の筑豊直方に到着した。


筑豊電鉄直方_convert_20121211234226
筑豊直方駅

ギラヴァンツ自販機_convert_20121211234120

北九州だけあって、ギラヴァンツ自販機。

さて、当分は九州ネタで行けそうである。



時間
カレンダー
11 | 2012/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
プロフィール

litegreen

Author:litegreen
kimidori15(♂)
ゆっくりとゆっくりと、よく立ち止まり、緑と青鉄道を建設中。
緑と青のチームを応援してます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
通勤客数
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR